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January 09, 2009
<SEO>
SEOって、もともとSearch Engine Optimizationの略っていうのは、このBlogの読者なら当然周知の事実だと思います。
それがどこからか、そして一部においては単なる小遣い稼ぎのSpam手法になってるなと最近つとに思うことなんですよ。
特にOvertureのPMだったときに、当然MFAの問題なんかにも神経質だったわけですが、正直言ってあれはないなあと。
自動生成された本当に何の意味もないサイトで、単に広告べたべた張ってあるようなサイトでSEOやられてしまうと、それはないでしょ、って思ってしまうわけです。
あれをやられてしまうと、インターネットそのものの価値を貶めるんじゃないかと思うんです。
あ、SEOそのものを否定しているわけではないですよ。ユーザーにとっても情報が豊富にあり、さらに整理されたサイトというのは見つけられてしかるべきだし。さらにそういったサイトがアフィリエイトで小銭を稼ぐということも否定はしません。
逆説的に言えばMFAサイトでも情報が充実していてユーザーにとって有効な情報であれば、自分にとってはある意味問題ないんです。
つまり、検索エンジンとしての立場は、インターネットユーザーに対して適切な情報を持っているサイトが検索結果に表示されるかどうか、ってことで、そういったサイト同士がマーケティング活動の一環としてSEOを行うって言うのは、まだある種正しいと思うんですよ。
ただね、どうしても思ってしまうのは、昨今の風潮として、検索エンジン側がSEOを推奨している感じがするわけです。
SESとかにでるとMatt Cuttsあたりが普通に「こうするとSpamですよ」とか「こういうのは順位に関係ないですよ」とかっていうのを、しかもGoogleのエンジニアという立場で、Proactiveに世の中に発信しているわけです。
<検索エンジン vs SEO業者>
おいおい、いくらなんでもそれはないだろ、と。
しかも会社として発言を訂正も何もしないって事は、Googleは会社としてSEOを推進してるってことと等しいと取れちゃうわけですよ。
ちょっと極論かもしれないけれど、検索エンジンってSEOに擦り寄っちゃだめだと思うんですよ。
だって、逆説的にMFAサイトとか、そういう単なるごみのようなサイトのSEO(こういうのを「まがいものSEO」と呼びましょうか)にそういう情報が役立てられてしまってる現実もあるわけだし。
この状況だと、Google登場以前の検索エンジンみたいに変なSpamサイトが検索結果を独占するような時代が来てもおかしくないんじゃないかと思ったりするわけです。
実際いくつかのキーワードだとそんな感じの検索結果に見えて仕方ないし。
個人的にはSEOっていうのはSEO業者と検索エンジン側の知恵比べであったほうがより健全だと思うんです。
そっちのほうが(真っ当な)SEO業者のノウハウは陳腐化しないと思うし。
<触媒を必要としない検索エンジン>
と、いろいろ考えた結果の結論のひとつが「情報そのもの」を評価する検索エンジンなんです。
HTMLという触媒があるから、まがい物SEOという手法が存在しうるのであれば、触媒を除いて、純粋に情報の量、精度、正確性などを評価対称にする検索エンジンっていうものを考えたいな、と。
動画なら動画そのもの、写真なら写真そのもの、音楽なら音楽そのもの、を評価する検索エンジン。
いや、まあなんだかんだいって何かしらの触媒は必要なんですけどね(笑。その触媒の割合をできる限り小さくする検索エンジン。
できないかなあ、できるかなあ、でもやらないよりやってみるほうがましかー、という感じです。
そういったものを実現するための色々なアイデアを並べて、自分で会社を興すか、前の会社でやるか、別の会社でやるか、といろいろ考えた結果、まあ今の会社を選択したわけです。
あ、別に既存の検索エンジンを否定するわけじゃないですよ。ただインターネットユーザーにおいていろいろな選択肢があることが何より重要だと思うんです。
そのために新しいパラダイムを創出できるようなチャレンジができるのは、きっとビジネスパーソンとしても貴重な経験だと思います。
というのが今回の転職の非常に大きな枠です。
なかなか長い文章でしたね。
SEOって、もともとSearch Engine Optimizationの略っていうのは、このBlogの読者なら当然周知の事実だと思います。
それがどこからか、そして一部においては単なる小遣い稼ぎのSpam手法になってるなと最近つとに思うことなんですよ。
特にOvertureのPMだったときに、当然MFAの問題なんかにも神経質だったわけですが、正直言ってあれはないなあと。
自動生成された本当に何の意味もないサイトで、単に広告べたべた張ってあるようなサイトでSEOやられてしまうと、それはないでしょ、って思ってしまうわけです。
あれをやられてしまうと、インターネットそのものの価値を貶めるんじゃないかと思うんです。
あ、SEOそのものを否定しているわけではないですよ。ユーザーにとっても情報が豊富にあり、さらに整理されたサイトというのは見つけられてしかるべきだし。さらにそういったサイトがアフィリエイトで小銭を稼ぐということも否定はしません。
逆説的に言えばMFAサイトでも情報が充実していてユーザーにとって有効な情報であれば、自分にとってはある意味問題ないんです。
つまり、検索エンジンとしての立場は、インターネットユーザーに対して適切な情報を持っているサイトが検索結果に表示されるかどうか、ってことで、そういったサイト同士がマーケティング活動の一環としてSEOを行うって言うのは、まだある種正しいと思うんですよ。
ただね、どうしても思ってしまうのは、昨今の風潮として、検索エンジン側がSEOを推奨している感じがするわけです。
SESとかにでるとMatt Cuttsあたりが普通に「こうするとSpamですよ」とか「こういうのは順位に関係ないですよ」とかっていうのを、しかもGoogleのエンジニアという立場で、Proactiveに世の中に発信しているわけです。
<検索エンジン vs SEO業者>
おいおい、いくらなんでもそれはないだろ、と。
しかも会社として発言を訂正も何もしないって事は、Googleは会社としてSEOを推進してるってことと等しいと取れちゃうわけですよ。
ちょっと極論かもしれないけれど、検索エンジンってSEOに擦り寄っちゃだめだと思うんですよ。
だって、逆説的にMFAサイトとか、そういう単なるごみのようなサイトのSEO(こういうのを「まがいものSEO」と呼びましょうか)にそういう情報が役立てられてしまってる現実もあるわけだし。
この状況だと、Google登場以前の検索エンジンみたいに変なSpamサイトが検索結果を独占するような時代が来てもおかしくないんじゃないかと思ったりするわけです。
実際いくつかのキーワードだとそんな感じの検索結果に見えて仕方ないし。
個人的にはSEOっていうのはSEO業者と検索エンジン側の知恵比べであったほうがより健全だと思うんです。
そっちのほうが(真っ当な)SEO業者のノウハウは陳腐化しないと思うし。
<触媒を必要としない検索エンジン>
と、いろいろ考えた結果の結論のひとつが「情報そのもの」を評価する検索エンジンなんです。
HTMLという触媒があるから、まがい物SEOという手法が存在しうるのであれば、触媒を除いて、純粋に情報の量、精度、正確性などを評価対称にする検索エンジンっていうものを考えたいな、と。
動画なら動画そのもの、写真なら写真そのもの、音楽なら音楽そのもの、を評価する検索エンジン。
いや、まあなんだかんだいって何かしらの触媒は必要なんですけどね(笑。その触媒の割合をできる限り小さくする検索エンジン。
できないかなあ、できるかなあ、でもやらないよりやってみるほうがましかー、という感じです。
そういったものを実現するための色々なアイデアを並べて、自分で会社を興すか、前の会社でやるか、別の会社でやるか、といろいろ考えた結果、まあ今の会社を選択したわけです。
あ、別に既存の検索エンジンを否定するわけじゃないですよ。ただインターネットユーザーにおいていろいろな選択肢があることが何より重要だと思うんです。
そのために新しいパラダイムを創出できるようなチャレンジができるのは、きっとビジネスパーソンとしても貴重な経験だと思います。
というのが今回の転職の非常に大きな枠です。
なかなか長い文章でしたね。
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