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January 28, 2009
ニュースソース(CNET Japan)
くぅー、いい記事だ。いいコラムだ。こういうの大好きだ。
色々引用したいんだけど、引用したい文がたくさんありすぎるので、一番心に響いた1文だけ。
そしてこれはSEO業者ではなく自身でなければできないことでもあり、そこにリアルの世界の自分の実力が現れるのである。
ここだよ、ここ。ここんとこ大事ですよ。
くぅー、いい記事だ。いいコラムだ。こういうの大好きだ。
色々引用したいんだけど、引用したい文がたくさんありすぎるので、一番心に響いた1文だけ。
そしてこれはSEO業者ではなく自身でなければできないことでもあり、そこにリアルの世界の自分の実力が現れるのである。
ここだよ、ここ。ここんとこ大事ですよ。
January 22, 2009
January 20, 2009
ニュースソース(Web担当者Forum)
なんか今日は似たような嗜好(志向とか思考でもいい)のニュースが多いな。
検索エンジンのクローラーは、HTMLページ内のテキストを把握し、ページ間のリンクを分析するために開発された。だが、クローラーが巡回できない部分に大量の情報が存在している現状において、自分自身が制作者として常時コンピュータに接続し、要求が絶えることないユーザーたちにとって、これが適切な方法だろうか
なんか似たようなことを考えている人は、やっぱりいますね。
本題はこちら
僕らが直面しようとしている検索の未来には、ここに挙げたすべての要素が含まれると思うが、ここには、ごく初期の段階から「Web 2.0」ムーブメントの一環をなしていた要素がもう1つ含まれるだろう。それはユーザー参加という要素だ。
この記事の前の記事にも書いていて、Takahiro Watanabe御大もコメントしてくれているように、検索にSocial的な要素が徐々に含まれてくるのかもしれません。
集団意識(集合知)が検索エンジンのアルゴリズムの一部になるだろう。サリバン氏のモデルにしたがうなら、これはSearch 5.0に該当するのかもしれないが、パーソナライゼーション、垂直検索の統合、およびこの新しいクラウド・ソーシングはすべて、そうした1つの動きにある程度取り込まれていくと考えられる。
いい議論だ。ご飯3杯はいける。
究極的にインターネットは人類の知的資産の集積所になるんだと思うんですよ。古代アレキサンドリアにおける図書館みたいなものですね。
その際、検索エンジンはそれに伴って進化していかなければならないはずで、今のままであるはずがないわけです。
末端のユーザーたちはこれまで、Webページからのリンクという形ではコンテンツに対する支持票を投じることができなかった。しかし今では、クリック、ブックマーク、タグ、レーティングなどを通じて、そのような末端ユーザーからのシグナルも支持票としての役割を果たすことができる。これらは、検索エンジンに対する非常に強力なシグナルだ。何よりも、こうしたシグナルは、他のサイトにリンクを張ってやるというWebサイト所有者のエリート意識や、低機能なボットによる毒にも薬にもならないようなクロールに左右されない。
はい、そういう流れでしょう。将来的には。
でもきっと末端のユーザーからのSpam的なものも生まれてきて、またそれに検索エンジンが対処して。。。っていう世界はまだまだ続くんだと思いますが。
僕はまだ、SEO業界においてリンクが重要な役割を果たせなくなるまであと数年(3年から5年)かかると見ている(そしてキーワードについて言えば、それこそまさに検索の基本をなすものなのだから、決してないがしろにすることはできないと思っている)が、われわれがそういう方向へとゆっくり進んでいるという意見には、まったく同感だ。
ちょっと議論はずれるけど、目で見たものを脳の血流の流れを分析することでディスプレイに映し出す、っていう実験が成功したってニュースがありましたが、これをうまく検索と絡めるときっとすごい検索になるんだろうなあと思います。いや、正直SF過ぎて怖すぎる部分もあるんだけど、でもそういう未来って(自分が生きているか否かは別として)いずれやって来るんだと思うんですよ。
そうなると、ふと思い立ったものを、ふと検索しようと、でもそれはキーワードではなく頭にぼっと浮かんだイメージで、それが集合知の集積所となったWebから検索エンジンが該当するものを引っ張ってくる。
そうなると今まで必要だったキーワード概念すら、その世界では必要ないんだろうなあ。
すみません。Matrixの世界ですね。妄想しすぎました。
ともかく、この記事、いい記事です。
ちゃんとコメントしようと思うとめちゃめちゃ長くなるので、ぜひ皆さんも読みましょう。
なんか今日は似たような嗜好(志向とか思考でもいい)のニュースが多いな。
検索エンジンのクローラーは、HTMLページ内のテキストを把握し、ページ間のリンクを分析するために開発された。だが、クローラーが巡回できない部分に大量の情報が存在している現状において、自分自身が制作者として常時コンピュータに接続し、要求が絶えることないユーザーたちにとって、これが適切な方法だろうか
なんか似たようなことを考えている人は、やっぱりいますね。
本題はこちら
僕らが直面しようとしている検索の未来には、ここに挙げたすべての要素が含まれると思うが、ここには、ごく初期の段階から「Web 2.0」ムーブメントの一環をなしていた要素がもう1つ含まれるだろう。それはユーザー参加という要素だ。
この記事の前の記事にも書いていて、Takahiro Watanabe御大もコメントしてくれているように、検索にSocial的な要素が徐々に含まれてくるのかもしれません。
集団意識(集合知)が検索エンジンのアルゴリズムの一部になるだろう。サリバン氏のモデルにしたがうなら、これはSearch 5.0に該当するのかもしれないが、パーソナライゼーション、垂直検索の統合、およびこの新しいクラウド・ソーシングはすべて、そうした1つの動きにある程度取り込まれていくと考えられる。
いい議論だ。ご飯3杯はいける。
究極的にインターネットは人類の知的資産の集積所になるんだと思うんですよ。古代アレキサンドリアにおける図書館みたいなものですね。
その際、検索エンジンはそれに伴って進化していかなければならないはずで、今のままであるはずがないわけです。
末端のユーザーたちはこれまで、Webページからのリンクという形ではコンテンツに対する支持票を投じることができなかった。しかし今では、クリック、ブックマーク、タグ、レーティングなどを通じて、そのような末端ユーザーからのシグナルも支持票としての役割を果たすことができる。これらは、検索エンジンに対する非常に強力なシグナルだ。何よりも、こうしたシグナルは、他のサイトにリンクを張ってやるというWebサイト所有者のエリート意識や、低機能なボットによる毒にも薬にもならないようなクロールに左右されない。
はい、そういう流れでしょう。将来的には。
でもきっと末端のユーザーからのSpam的なものも生まれてきて、またそれに検索エンジンが対処して。。。っていう世界はまだまだ続くんだと思いますが。
僕はまだ、SEO業界においてリンクが重要な役割を果たせなくなるまであと数年(3年から5年)かかると見ている(そしてキーワードについて言えば、それこそまさに検索の基本をなすものなのだから、決してないがしろにすることはできないと思っている)が、われわれがそういう方向へとゆっくり進んでいるという意見には、まったく同感だ。
ちょっと議論はずれるけど、目で見たものを脳の血流の流れを分析することでディスプレイに映し出す、っていう実験が成功したってニュースがありましたが、これをうまく検索と絡めるときっとすごい検索になるんだろうなあと思います。いや、正直SF過ぎて怖すぎる部分もあるんだけど、でもそういう未来って(自分が生きているか否かは別として)いずれやって来るんだと思うんですよ。
そうなると、ふと思い立ったものを、ふと検索しようと、でもそれはキーワードではなく頭にぼっと浮かんだイメージで、それが集合知の集積所となったWebから検索エンジンが該当するものを引っ張ってくる。
そうなると今まで必要だったキーワード概念すら、その世界では必要ないんだろうなあ。
すみません。Matrixの世界ですね。妄想しすぎました。
ともかく、この記事、いい記事です。
ちゃんとコメントしようと思うとめちゃめちゃ長くなるので、ぜひ皆さんも読みましょう。
ニュースソース(CNET Japan)
むー。なんつーかなー。
基本的なフィロソフィーは、わかる。特に
また、このPreferred Sitesは、他のすべての人の検索にも影響を及ぼす可能性があるという。
誰もがこの機能を利用可能になれば、人々は信頼できるサイトの選別が可能になり、その結果、すべての検索結果に影響を及ぼすことになる。
このくだり。PageRankの概念をより一歩Socialな形で推し進めたものだね。
まあSpamの温床になる可能性も否定しないけど、こういうConceptは業界人がみんな思っていたことかもしれない。
でもねー、ここがわからなくはないんだけど、ちょっと微妙
Preferred Sitesと呼ばれるこの機能は、検索クエリに関連する検索履歴に基づいて頻繁に訪れるサイトを検索結果として表示するが、ユーザー自身によるサイトの追加や削除も可能だ、と同機能のヘルプページは説明している。
このPreferred Sites機能を利用することにより、ユーザーはGoogle Web Searchにおける優先順位を決めることができるため、自分の好みやニーズに沿った検索結果を導くことができる。最も依存度の高いサイトを設定しておくと、それらのサイトが検索クエリと関連がある場合に通常よりも頻繁に検索結果に表示される。
自分が頻繁に訪問するウェブサイトって、結局お気に入りとかに追加してない?
そういうわけでもないか。
結局検索エンジンって、Personalizationっていう切り口はあるんだけど、基本的には最大多数の最大幸福を実現できるかってことがテーマなんだよな。万人が満足する検索結果なんて存在しないし。
そういう意味で、実際に(非リンクとかという概念ではなく)ユーザーからの支持を検索結果に取り組もうという姿勢には激しく共感できます。
ところで、CNETさん。
このPreferred Sitesは、Google SearchWiki機能の拡張機能だ。SearchWiki機能は、ユーザーに特定検索結果の順位引き上げ、追加、削除、注釈の追加をできるようにする。Preferred Sitesは、ユーザーがGoogleアカウントにログインしている間だけ有効となり、同機能を使って設定されたユーザーの優先サイトや検索結果は他のユーザーには公開されない。
この文が一回多く繰り返されていますよ。
むー。なんつーかなー。
基本的なフィロソフィーは、わかる。特に
また、このPreferred Sitesは、他のすべての人の検索にも影響を及ぼす可能性があるという。
誰もがこの機能を利用可能になれば、人々は信頼できるサイトの選別が可能になり、その結果、すべての検索結果に影響を及ぼすことになる。
このくだり。PageRankの概念をより一歩Socialな形で推し進めたものだね。
まあSpamの温床になる可能性も否定しないけど、こういうConceptは業界人がみんな思っていたことかもしれない。
でもねー、ここがわからなくはないんだけど、ちょっと微妙
Preferred Sitesと呼ばれるこの機能は、検索クエリに関連する検索履歴に基づいて頻繁に訪れるサイトを検索結果として表示するが、ユーザー自身によるサイトの追加や削除も可能だ、と同機能のヘルプページは説明している。
このPreferred Sites機能を利用することにより、ユーザーはGoogle Web Searchにおける優先順位を決めることができるため、自分の好みやニーズに沿った検索結果を導くことができる。最も依存度の高いサイトを設定しておくと、それらのサイトが検索クエリと関連がある場合に通常よりも頻繁に検索結果に表示される。
自分が頻繁に訪問するウェブサイトって、結局お気に入りとかに追加してない?
そういうわけでもないか。
結局検索エンジンって、Personalizationっていう切り口はあるんだけど、基本的には最大多数の最大幸福を実現できるかってことがテーマなんだよな。万人が満足する検索結果なんて存在しないし。
そういう意味で、実際に(非リンクとかという概念ではなく)ユーザーからの支持を検索結果に取り組もうという姿勢には激しく共感できます。
ところで、CNETさん。
このPreferred Sitesは、Google SearchWiki機能の拡張機能だ。SearchWiki機能は、ユーザーに特定検索結果の順位引き上げ、追加、削除、注釈の追加をできるようにする。Preferred Sitesは、ユーザーがGoogleアカウントにログインしている間だけ有効となり、同機能を使って設定されたユーザーの優先サイトや検索結果は他のユーザーには公開されない。
この文が一回多く繰り返されていますよ。
January 07, 2009
ニュースソース(Web担当者Forum)
これってひょっとしたら釣りかも、と思ったけれど、まずは釣られてみようと思います。
SEOの未来永劫に渡る有効性に疑問が芽生えたのは、楽天が運営するポータルサイト「infoseek」で、あるキーワードをしたときのことです。思わず「ふざけるな!」と怒鳴ってしまいました。私のマックブックに表示された検索結果がすべて「スポンサーサイト」だったのです。
これ、最近よくありますね。確かによくない傾向だと思います。
ただしその後の論点がどうしてもよくわからない。ちょっと長い引用ですが
ヤフーの検索結果では、昨年8月からグーグル同様に「検索順位」が非表示になり、12月にスポンサーサイトの背景色がオーガニック検索と同色になったので広告との区別がなくなりました。検索連動型広告はクリックされない限り手数料が徴収できず、クリックされるように工夫するのは営利企業として当然です。変更が営利目的によるものなのか真相は不明ですが、利用者はどう思うでしょうか。
食品偽装と同列に語るのは暴論ですが、「国産うなぎ」の検索結果と思いクリックするとスポンサーサイトで「中国産うなぎの通販サイト」に辿り着いた利用者が「騙された」と思う可能性を否定できません。
ここの論拠がいまいち不明。「暴論」と書かれているので差し引いて考えても、さらに俺の読解力の問題かとも思ったのだけれど、やっぱり前段と後段の文がつながらない。
というのは
前段で書いているのは検索連動型広告の表示枠が大きくなり、見た目も自然検索とまぜこぜになって紛らわしい、という議論。
後段で書いているのは検索連動型広告の適合性とか信頼性が自然検索よりも悪いからユーザーに不利益だ、という議論。
つまりね、この論拠、特に後段の論拠が成立するためには
(1)検索連動型広告で広告主が中国産うなぎを販売しているページをランディングページにして、「国産うなぎ」というキーワードに入札している
(2)さらにGoogleとかOvertureが審査でそういったサイトを掲載不可にしない
(3)さらに検索キーワードとランディングページの適合性が低く、CVRが悪い状況でも広告主は出稿し続ける
(4)さらにインターネットユーザーがうなぎを買うときにサイトにどこ産か明記しない(つまりかなり悪意のあるうなぎ業者って事ですね)
という状況が最低限発生していなければならないはずで、もちろん今の検索連動型広告はそんなことないです。
しかも昔のように入札単価を積めば上位に表示されるなんていうこともなく、検索連動型広告であっても検索キーワードと入札キーワード、さらにクリエイティブからランディングページまでの適合性が高くないと、表示すらされないこともあります。
さらに中国産うなぎしか販売していないうなぎ屋が「国産うなぎ」でSEOかけて上位表示されたほうが消費者がだまされる危険性はあるでしょ。
広告だから自然検索よりも適合性が悪いし、だまされる可能性がある、っていうのは暴論以前の問題じゃ?
自分もひとつの例だけで文意を貶めるような揚げ足取りはするつもりはありません。
ただ「検索連動型広告の表示枠が多いという事実」と「自然検索と検索連動型広告の品質の問題」を同列に語るのは、そもそもないでしょ、ってことが書きたいだけなんです。
少なくともOvertureもGoogleも検索連動型広告の品質を高めていくために、いろんな努力をしているし、なにより検索連動型広告経由でのコンバージョンが各広告主・ウェブマスターにとって無視できない水準になっているってことは、検索連動型広告もユーザーにとってもかなり適切な結果を返している、ってことだと思いますよ。ちょっと暴論だけど。
#しかも昨今のMFAサイトの問題とかを考えるに、自然検索の信頼性のほうが、ある意味怖いというのが実は本音。
自分が検索連動型広告が検索結果に占める割合が大きすぎるのがよくない、と思っている理由は、
ユーザーが検索結果ページを見たときの、検索結果のバリエーションが少ない可能性がある、ってことなんですよ。
検索エンジンがユーザーに多岐に渡る検索結果を返してくれたほうがユーザーのチョイスは多いよね、そっちのほうが結果として適合性があがる可能性が高いよね、ってことが大事だと思うんです。
そういう意味で検索連動型広告も、大事な検索結果の一部だと思うんですよ。ポイントはどう見せるかって事でしょう。
グーグル以降「検索エンジン」の収益源は広告が相場となっています。その広告が検索結果の価値を貶めるジレンマにあるのではないかという危惧です。
世界で最初に検索連動型広告を提供し始めたGoTo.comが設立されたのが1997年。すでに10年以上たちます。
この議論って実際に10年前からずっと議論されているものではあります。
「オープンソース型」は「フリーでフリー(無料で自由)」の「Web 2.0的検索エンジン」です。利用者数と広告収入は完全リンクします。
広告を表示してもそのサイトからコンバージョンをしないとそもそも広告媒体としての価値はないですし、その問題はかつてのポータルサイトが苦境に陥った原因のひとつでは?
利用者数は確かに広告媒体としての価値を高める一要因ですが、それだけで広告媒体として成立するほど簡単なものじゃありません。
ネット上の情報だけなら、既存サービスのマッシュアップですぐに実現可能かもしれません。テレビやラジオ、雑誌、新聞の情報、そしてブログの出現キーワードから最も多く検索されるであろうキーワードの検索結果を複数の検索エンジンから抽出して提供するものです。これさえチェックすればネットは十分で、そんなに知りたいことも興味もなく、なにより「たりい」と。
結局そういうMash Upのサービスに自分のサイトを表示させようと思うと、SEOって必要じゃないですか?
それこそ検索連動型広告が表示されないようなサービスだったらなおさら。
だって
最も多く検索されるであろうキーワードの検索結果を複数の検索エンジンから抽出して提供するもの
ってことは、結局検索エンジンの上位に表示されないといけないでしょ?
#SEOが検索結果の上位に表示する手法、っていうのはもちろんコンセプトとしてNGですが。
SEOが無意味になる、っていうのが記事のタイトルで筆者もそう書いているんだけど、なんでそういう結論に達するのかが不明。
SEOとは検索エンジン各社のホームで戦う「アウェイゲーム」です。ルールの変更権もゲームの主導権もヤフーやグーグルが持ちます。検索アルゴリズムが変われば対応が求められ、検索結果で1位になっても、その上にスポンサーサイトが10個並べば事実上11位です。一方、発行間隔、内容、企画などを自分たちで決められる自社サイトやメルマガは「ホームゲーム」です。サッカーでも野球でも商売でもそしてホームページでも「ホームゲーム」は大切です。
まあここはある程度そうだと思います。
検索エンジン対策なんて結局アウェーなんですよ。ちゃんとサイトに正しい情報を使いやすい形で掲載して、自分のサイトのファンを増やすことが一番大事なことで、検索エンジン対策なんてその一部にしか過ぎないはずです。
長いポストになっちゃったけど、最後に。
検索エンジン業界で働く人間として、特に昨今は広告主とか検索エンジンそのものって言う視点で語られることが多いけど、一番大事なのは検索ユーザーなんですよ。
このニュースソースも本意としては昨今の検索エンジンが検索ユーザーを無視して検索連動型広告をむやみやたらに表示しているってことの警鐘なんだと思います。
確かに今の検索エンジンの見せ方は、ユーザーが離れていってもおかしくない部分があるし。
いろいろ反論も書きましたが、そこに関しては自分も激しく同意するところです。
人が何かを探したい、という要求に対して検索エンジンはこたえられないといけなくて、そういう意味で筆者の言う「楽したい症候群」的なユーザーに「たりぃ」と言わせない検索エンジンを作り続けないといけないんだろうと。
検索エンジンマーケティングという業界に携わる人間として、やっぱりそこは追求していかないとね。
逆に言うとそういう人たちが増えたら、検索エンジンどころか社会自体が崩壊しちゃうから。
これってひょっとしたら釣りかも、と思ったけれど、まずは釣られてみようと思います。
SEOの未来永劫に渡る有効性に疑問が芽生えたのは、楽天が運営するポータルサイト「infoseek」で、あるキーワードをしたときのことです。思わず「ふざけるな!」と怒鳴ってしまいました。私のマックブックに表示された検索結果がすべて「スポンサーサイト」だったのです。
これ、最近よくありますね。確かによくない傾向だと思います。
ただしその後の論点がどうしてもよくわからない。ちょっと長い引用ですが
ヤフーの検索結果では、昨年8月からグーグル同様に「検索順位」が非表示になり、12月にスポンサーサイトの背景色がオーガニック検索と同色になったので広告との区別がなくなりました。検索連動型広告はクリックされない限り手数料が徴収できず、クリックされるように工夫するのは営利企業として当然です。変更が営利目的によるものなのか真相は不明ですが、利用者はどう思うでしょうか。
食品偽装と同列に語るのは暴論ですが、「国産うなぎ」の検索結果と思いクリックするとスポンサーサイトで「中国産うなぎの通販サイト」に辿り着いた利用者が「騙された」と思う可能性を否定できません。
ここの論拠がいまいち不明。「暴論」と書かれているので差し引いて考えても、さらに俺の読解力の問題かとも思ったのだけれど、やっぱり前段と後段の文がつながらない。
というのは
前段で書いているのは検索連動型広告の表示枠が大きくなり、見た目も自然検索とまぜこぜになって紛らわしい、という議論。
後段で書いているのは検索連動型広告の適合性とか信頼性が自然検索よりも悪いからユーザーに不利益だ、という議論。
つまりね、この論拠、特に後段の論拠が成立するためには
(1)検索連動型広告で広告主が中国産うなぎを販売しているページをランディングページにして、「国産うなぎ」というキーワードに入札している
(2)さらにGoogleとかOvertureが審査でそういったサイトを掲載不可にしない
(3)さらに検索キーワードとランディングページの適合性が低く、CVRが悪い状況でも広告主は出稿し続ける
(4)さらにインターネットユーザーがうなぎを買うときにサイトにどこ産か明記しない(つまりかなり悪意のあるうなぎ業者って事ですね)
という状況が最低限発生していなければならないはずで、もちろん今の検索連動型広告はそんなことないです。
しかも昔のように入札単価を積めば上位に表示されるなんていうこともなく、検索連動型広告であっても検索キーワードと入札キーワード、さらにクリエイティブからランディングページまでの適合性が高くないと、表示すらされないこともあります。
さらに中国産うなぎしか販売していないうなぎ屋が「国産うなぎ」でSEOかけて上位表示されたほうが消費者がだまされる危険性はあるでしょ。
広告だから自然検索よりも適合性が悪いし、だまされる可能性がある、っていうのは暴論以前の問題じゃ?
自分もひとつの例だけで文意を貶めるような揚げ足取りはするつもりはありません。
ただ「検索連動型広告の表示枠が多いという事実」と「自然検索と検索連動型広告の品質の問題」を同列に語るのは、そもそもないでしょ、ってことが書きたいだけなんです。
少なくともOvertureもGoogleも検索連動型広告の品質を高めていくために、いろんな努力をしているし、なにより検索連動型広告経由でのコンバージョンが各広告主・ウェブマスターにとって無視できない水準になっているってことは、検索連動型広告もユーザーにとってもかなり適切な結果を返している、ってことだと思いますよ。ちょっと暴論だけど。
#しかも昨今のMFAサイトの問題とかを考えるに、自然検索の信頼性のほうが、ある意味怖いというのが実は本音。
自分が検索連動型広告が検索結果に占める割合が大きすぎるのがよくない、と思っている理由は、
ユーザーが検索結果ページを見たときの、検索結果のバリエーションが少ない可能性がある、ってことなんですよ。
検索エンジンがユーザーに多岐に渡る検索結果を返してくれたほうがユーザーのチョイスは多いよね、そっちのほうが結果として適合性があがる可能性が高いよね、ってことが大事だと思うんです。
そういう意味で検索連動型広告も、大事な検索結果の一部だと思うんですよ。ポイントはどう見せるかって事でしょう。
グーグル以降「検索エンジン」の収益源は広告が相場となっています。その広告が検索結果の価値を貶めるジレンマにあるのではないかという危惧です。
世界で最初に検索連動型広告を提供し始めたGoTo.comが設立されたのが1997年。すでに10年以上たちます。
この議論って実際に10年前からずっと議論されているものではあります。
「オープンソース型」は「フリーでフリー(無料で自由)」の「Web 2.0的検索エンジン」です。利用者数と広告収入は完全リンクします。
広告を表示してもそのサイトからコンバージョンをしないとそもそも広告媒体としての価値はないですし、その問題はかつてのポータルサイトが苦境に陥った原因のひとつでは?
利用者数は確かに広告媒体としての価値を高める一要因ですが、それだけで広告媒体として成立するほど簡単なものじゃありません。
ネット上の情報だけなら、既存サービスのマッシュアップですぐに実現可能かもしれません。テレビやラジオ、雑誌、新聞の情報、そしてブログの出現キーワードから最も多く検索されるであろうキーワードの検索結果を複数の検索エンジンから抽出して提供するものです。これさえチェックすればネットは十分で、そんなに知りたいことも興味もなく、なにより「たりい」と。
結局そういうMash Upのサービスに自分のサイトを表示させようと思うと、SEOって必要じゃないですか?
それこそ検索連動型広告が表示されないようなサービスだったらなおさら。
だって
最も多く検索されるであろうキーワードの検索結果を複数の検索エンジンから抽出して提供するもの
ってことは、結局検索エンジンの上位に表示されないといけないでしょ?
#SEOが検索結果の上位に表示する手法、っていうのはもちろんコンセプトとしてNGですが。
SEOが無意味になる、っていうのが記事のタイトルで筆者もそう書いているんだけど、なんでそういう結論に達するのかが不明。
SEOとは検索エンジン各社のホームで戦う「アウェイゲーム」です。ルールの変更権もゲームの主導権もヤフーやグーグルが持ちます。検索アルゴリズムが変われば対応が求められ、検索結果で1位になっても、その上にスポンサーサイトが10個並べば事実上11位です。一方、発行間隔、内容、企画などを自分たちで決められる自社サイトやメルマガは「ホームゲーム」です。サッカーでも野球でも商売でもそしてホームページでも「ホームゲーム」は大切です。
まあここはある程度そうだと思います。
検索エンジン対策なんて結局アウェーなんですよ。ちゃんとサイトに正しい情報を使いやすい形で掲載して、自分のサイトのファンを増やすことが一番大事なことで、検索エンジン対策なんてその一部にしか過ぎないはずです。
長いポストになっちゃったけど、最後に。
検索エンジン業界で働く人間として、特に昨今は広告主とか検索エンジンそのものって言う視点で語られることが多いけど、一番大事なのは検索ユーザーなんですよ。
このニュースソースも本意としては昨今の検索エンジンが検索ユーザーを無視して検索連動型広告をむやみやたらに表示しているってことの警鐘なんだと思います。
確かに今の検索エンジンの見せ方は、ユーザーが離れていってもおかしくない部分があるし。
いろいろ反論も書きましたが、そこに関しては自分も激しく同意するところです。
人が何かを探したい、という要求に対して検索エンジンはこたえられないといけなくて、そういう意味で筆者の言う「楽したい症候群」的なユーザーに「たりぃ」と言わせない検索エンジンを作り続けないといけないんだろうと。
検索エンジンマーケティングという業界に携わる人間として、やっぱりそこは追求していかないとね。
逆に言うとそういう人たちが増えたら、検索エンジンどころか社会自体が崩壊しちゃうから。
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